「あなたのための物語」 こころとからだとそのあいだ
AGS様で、更新がありました。
SF作家・長谷敏司の知られざる傑作『ウォーハンマーRPG』小説: Analog Game Studies
角川スニーカー文庫の『円環少女』シリーズでお馴染み、ライトノベル・SF作家の長谷敏司の、デビュー前短編、しかもウォーハンマー小説!
ということで、お知らせに感謝しつつ、楽しく読ませていただきました。
痛みと傷みと生と死
後半は、長谷敏司の『あなたのための物語』の紹介になっています。
さて、『あなたのための物語』は、一言で言うと、AI小説です。
人間の精神を模倣し、プログラミング化し、最終的には再現する技術をめぐって、お話は進みます。
現実には、そういう技術は、まだまだ先の話ですが、SF作品では、そこを突破して、人間があっさり情報化される世界を描いた作品もたくさんあります。
そういう場合のお約束として、「肉体」がどんどん捨て去られ、人間は「情報生命」となってゆく。また、そのように肉体を捨てる結果、「死」も捨て去られます。
先頃、紹介した『エクリプス・フェイズ』や『ディアスポラ』などは、肉体を捨てた果ての、生命の進化、変化が、深く描かれてゆきます。
これらは、精神を、完結した一個のプログラムである、と、みなす立場ですね。*1
一方で、最近のAI、認知の研究では、心というのは、体と社会から切り離せないのではないか、という意見が強くなってきています。
赤ん坊が、言葉を覚えて物心をつく過程を考えましょう。
まず、赤ん坊はいろいろなものにべたべた触り、口に入れたりします。大声を出したり耳をすましたりします。
そうやって五感全部で得た印象が、やがて、単語の概念に結実してゆくわけです。
あったかくて、柔らかくて、動いて、ぎゅっとつかむと、ギニャっと鳴くのが「にゃんにゃん」みたいな感じです。
そして、赤ん坊が、言葉を話すときは、最初は、親や周りの人の真似です。
親が「にゃんにゃん」という。その言語の意味はわからないけど、真似をして、「にゃんにゃん」と口に出す。親の言葉と自分の言葉を耳で聴き比べる。
そういうやりとりが大切なわけです。子どもが、やがて単語から文法を発達させる時も、そうした他者とのやりとりが重要な意味を持っています。
人間のような意識の発達には、そのように、体を動かして得る五感の刺激と、周りの人の反応が重要なのではないか、というわけです。
逆に言えば、「独立した一個のプログラムとして知性を作る」というのは、試み自体無理があるのかもしれない。
というところを前提に、「あなたのための物語」は、始まります(とxenothは理解しています)。
このお話は、人間とAIの関係を通して、「こころとからだ」そして、「生と死」を描いてゆきます。
こころは、どこからくるのか、どこにやどるのか、そしてどこへゆくのか。
それを語るためには、からだというものが何かを考えなくてはいけない。
それを語るためには、からだが変化すること、傷むこと、痛むこと、そして死ぬことから、目をそらしてはいけない。
だからこそ、このお話は、主人公の女性研究家の、からだの痛みから始まります。
初読時、その凄絶な描写に本当に読んでいて息が詰まりましたが、読み進めてゆくと、その描写こそが、「こころ」と「からだ」のあり方を、ひたすらに誠実に見つめる視線だというのが伝わってきます。
AIである《wanna be》と、それを作り出した科学者サマンサとの対話、そして二人に訪れる様々な危機を経て、AIに心は、命は、あるのか、人間の「わたし」や「あなた」の心や命とは何なのか?
これは、そんなお話です。
などとまとめてしまいましたが、その他、前述の心身相関を踏まえて、AIを構築するための、ITPプロトコルの設定の面白さや、「物を創ること」と生きることの関係性など、面白い要素がめいっぱいに詰まっている刺激的な作品です。
『あなたのための物語』と『円環少女』
同作者の『円環少女』シリーズは、いわゆる能力者バトルで、時間を巻き戻せるとか、否認によって現実を破壊するとかの、厨二病的な能力が頻出する、ド派手な展開(と、ドSかつ健気な少女ヒロイン、メイゼルたんのかわいさ)が売りの、名シリーズです。
さて現実改変やら時間操作やらのド派手な能力というのは、使えば使うほど、現実味が薄れて、薄っぺらい展開になりやすいものです*2。
強力なパワー同士の戦いって、どんどんインフレして、言った者勝ち勝負になりやすいから、バトルがつまらなくなり、感情移入がしにくくなるわけです。
ただ『円環少女』は、わりと初期から、恐ろしく派手なパワーが出るんですが、読んでいる時の「切実な感じ」は、全く薄れず、いつになっても、ハラハラしながら読み進めてることに気づきます。
『あなたのための物語』を読むと、その秘密の一端に触れられるかもしれません。軽薄な言い方になってしまいますが、長谷敏司という作家は、どれだけ強力なテクノロジーや超能力があったとしても、その上での、命の重さを書ける人なのだ、と、思います。
逆に『あなたのための物語』を読まれたSF読みの方にも、『円環少女』シリーズをおすすめします。
同シリーズは、様々なパラレルワールドに、様々な魔法体系が存在するという設定で、魔法の一個一個にSF設定がついていて楽しいのなんのって。*3
また、そうした超技術を極めた人間の非人間性の問題は、『あなたのための物語』にも通底するテーマとして作品に強い緊張感を与えています。
あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
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