エクリプス・フェイズあれこれ〜恐怖とパラノイアと陰謀について〜

このブログの最初の紹介記事では、エクリプス・フェイズの基本的な遊び方として、キャッチフレーズである「滅亡が迫っている。対抗しろ」を基準に説明しました。
エクリプス・フェイズ〜人類を災厄から救うのは君だ!〜 - xenothの日記


今回は、もう一つのキャッチフレーズである「Eclipse Phase:The Roleplaying Game of Transhuman Conspiracy and Horror」について説明しようと思います。

陰謀論と楽しさ

Conspiracyというのは陰謀論のことです。
世界を裏から操る秘密結社。あるいは秘密結社同士の戦い
その秘密に敢然と立ち向かう正義の戦士。
このあたりは男の子的に燃えるテーマですね。


もちろん、現実のアレコレに陰謀論の影を見るのは、思考停止につながりますし、多くの場合差別意識と結びつき、危険です。
一方で、陰謀論を単に間違ってると否定して、その楽しさ、快感を無視するのも危険です。
人間は、なかなか事実だけで生きてゆけるようには出来ていないように思うのです。


そんなこんなで、陰謀論については、その間違いと危険性を知りつつも、そこに快感があることは認めてゆくのがいいんじゃないかと思います。
陰謀論は幼稚であり、xenothは、そんな幼稚な陰謀論が楽しい人間です*1


前置きが長くなりましたが、水戸黄門を楽しむくらいの感じで、フィクションとして陰謀論とその妥当を楽しむのは健全なんじゃないかなと思うのです。

TRPGと陰謀論

TRPGで陰謀論を遊ぶ場合、問題なのは、共有です。


この日記で何度も書いている通り、TRPGは世界を共有する遊びです。
一方で、陰謀論というのは世界が不透明で、様々な洗脳や偽情報に満ちている、というものです。一般に知られている情報は、「やつら」が流したプロパガンダだ。政府は「やつら」の傀儡で、官憲は「やつら」の手先だ。といった具合。


そうした不安に翻弄されるのは、陰謀論もののフィクションのお約束ではあるんですが、やりすぎて、プレイヤーまで翻弄されちゃうと、TRPGとしてのプレイが阻害されます。


ゲーム中、プレイヤーは、システムや世界設定、そしてなによりGMの発言に行動指針を求めるわけで、「何もかも信じられない」世界だと、本当に何したらいいかわからなくなって、困るわけです*2


一方で、TRPGにおいて陰謀論が役に立つ局面があります。
たとえば、現実のあなたが、犯罪や事故を目撃したとしたらどうするでしょう?
とりあえず警察呼ぶんじゃないでしょうか。xenothもそうします。
現代日本は基本的に治安が良い社会なので、それが有効なわけです。


そんな風にTRPGで、官憲や公権力が、きちんと働いていて、本当に信用できる場合、プレイヤーが冒険に出る必然性がなくなっちゃうわけですね。
なので、たいていのTRPG世界では官憲や公権力が腐敗していたり力不足だったり、黒幕に支配されていたり、むしろ自ら陰謀を企んでいたりします。
要は、水戸黄門がどこの国行っても、悪代官がいるようなもので、そうした軽度の陰謀論は冒険の種として重要というわけです。


そんなわけでTRPGとして陰謀論的な世界を遊ぶ場合は、明白に何らかの指針が必要となります。


たとえば「クトゥルフ神話TRPG」には様々な陰謀論的な要素が存在します。
たいていの場合、警察や公権力は基本的に頼りになりませんし、むしろ公権力の中にも邪教徒が食い込んでいたりします。マスコミ情報は眉に唾をつけて見るのが普通です。
その一方で、なんだかんだで基本的に邪神の陰謀を封印することは文句なしの正義として認められているわけです。だってSAN値回復できるし!
プレイヤーは色々な情報を疑っても、そこを悩む必要はない*3
そのように明確な指針があるからこそ、ゲームができるわけです。


もう一つのパターンとして、PC側が秘密組織である、というものもあります。
たとえば、『ナイトウィザード』や『ハンターズ・ムーン』*4では、常人には感知さえできない敵(エミュレイター、モノビースト)が存在します。
PC達は、それと戦う力を持った特殊能力者(ウィザード、ハンター)です。
これらの世界観では、(基本的に)公権力は感知すらできない危機に対応できるはずもなく、無力な存在です。
この時、PC達の活動は秘密であり、その所属組織は秘密組織であり、世界の裏側で人類の運命を決めるかもしれない戦いを繰り広げているという点で、陰謀論的な世界観です。*5
こちらも、所属組織の任務や行動目的が、明確な指針として作用します*6


では『エクリプス・フェイズ』はどうでしょうか?

エクリプス・フェイズにおける陰謀論

エクリプス・フェイズにおける様々な国家やハイパーコーポは、技術革新や利益のために、よく危険な実験を強行していたりしなかったり、という感じです。
このあたりは、前記で書いたように、TRPGの標準装備といったところです。
前に紹介しました『エベロン』の世界設定でもそうですし、その他『セブン=フォートレス』を含め、無数の例があります。


もう少しレベルの高い機密情報としては、エイリアンやTITANsの正体まわりの情報があります。このへんは、ゲームマスターセクションで、プレイヤーに見せないでの項目*7にあるので、ここでは詳細はカットします。
そこにも関わりますが、『エクリプス・フェイズ』で、最も重要な秘密組織は、プレイヤーが所属する『Firewall』です。


ここでは二つの指針があります。
まず、「プレイヤーが秘密組織に所属する」タイプの、導き手としてのFirewall
そして、プレイヤーが団結する大義としての、「人類存亡の危機」です。
これがあるので「エクリプス・フェイズ」は、TRPGとして楽しく遊べるわけです*8


なお『Firewall』がプレイヤーを裏切ったり騙したり、実は真の悪だった、というような展開は(好みで行うのは自由ですが)、ルールブックの範囲では存在していないことくらいは書いても問題ないでしょう。

恐怖

恐怖も、『エクリプス・フェイズ』の重要なテーマの一つです。
エクリプス・フェイズで扱う恐怖には、まず、未知のものへの恐怖があります。
『エクリプス・フェイズ』では、謎の『パンドラ・ゲート』と呼ばれる超空間ゲートがあり、その向こうには様々なエイリアンが存在しています。


ゲートの先では映画『エイリアン』のように、様々なモンスター的なエイリアンに出会うこともありますし、人類を遥かに越える超種族とのコンタクトもありえます。さらにはクトゥルーの邪神みたいな、善悪を超越して存在自体が人類にとっては破壊的なのもいるわけです。


もう一つとして、変化した人類であるトランスヒューマニティと、その存在自体に関す
る恐怖、すなわち、人間が人間を越えること、止めることにまつわる恐怖があります。
人間の心は肉体によって育まれるものです。体を獣に変えた人間は、本当に人間のままでいられるのでしょうか? あるいは巨大な機械に接続したら? 人はどこまで人なのでしょうか?


あるいはまた、『エクリプス・フェイズ』の世界では、人間は意識をデータ化することで不老不死を得ていますが、果たして、データから復活した自分は、本当に「自分」なのでしょうか?
なにせ『エクリプス・フェイズ』では、自分の精神データをコピーして、複数の自分を作るルールさえあります。これらは、コンピュータソフトのバージョン管理になぞらえて、フォーク(分岐)と呼ばれます。
完全な自分のコピーを、故意に創りだすことは、多くのところで反発がありますが*9、それにしても例えば、「事故で死んだと思われたのでコピーを復帰したら、まだ生きていて〜」といった局面なども考えられます。
こういう場合になると、果たして、「人間性」とか「命」とかってなんだろう、という気にもなるものです。


このあたりの表現として、『エクリプス・フェイズ』では精神ダメージの概念があります。肉体ダメージはモーフ(ボディ)の交換やナノテクでの治療が簡単なのですが、おぞましいものを見たりした時の精神ダメージは、そうはいきません*10
また、死亡から復活した際などのアイデンティティの混乱からも、精神ダメージを受ける仕様です。


最後に、ラヴクラフト言うところの「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」があります。
これは、宇宙という存在が、人類の心からすれば、恐ろしいほどに巨大で虚無で異質で無関心であり、その前には人類も、人類の奉じる人間性も、吹けば飛ぶような塵にしか過ぎない、という認識です。
クトゥルフ神話で邪神が登場するのは、怪獣が怖いという話ではなく、そうした宇宙の冷酷さを描写するためのツールであったりします。邪神は邪悪なのではなく、単にその存在が異質であり、その前では人類などは吹き飛んでしまう存在なのです*11

パラノイア

キャッチフレーズにはないですが、パラノイアについても少し。


エクリプス・フェイズの世界に広がっている恐怖としては、かつて暴走によって地球を破壊した巨大AIのTITANsと、その黒幕である(とも言われている)エイリアン達への警戒心があります。


p42の記述を引くと、現在でも多くの世界では、TITANsを公然と支持することは違法であり、また、TITANsの仲間とみなされた人間がリンチされることも、減りつつはあるものの、まだ残っているようです。
ただし、そうしたリンチを実行した者には、ほとんどの生存圏できつい処罰が下されます。調査によって、リンチの犠牲者がTITANsとの関係がないことがすぐに判明するからです。


コロニーについても、「あのコロニーは実は既にTITANsに乗っ取られている」といった噂が流れ、緊張に発展することもあるようです。ただし、そうした噂のほとんどは問題なく解決されてゆくとのこと。一方で、攻撃目的で定期的にそうした噂を流し続けるといった情報戦もあるようです。多くの人々が、『The Fall』の恐怖を克服しつつある現在、そうした噂が信じられることは減っているとのこと。


とはいえ実際にTITANsの遺跡を掘り起こして暴走させてしまうような事件もないとはいえないのが困ったところ。もっともそうした事件は稀であり、ほとんどが無視されるとのことです。

エクリプス・フェイズ

パラノイアの項目で書いたように、『エクリプス・フェイズ』では、主にTITANsに関わる人類同士の疑心暗鬼もある程度存在していますが、一方でそれは、理性によって乗り越えられつつあります。
(例外をのぞいて)各国が軍国主義や軍国教育に走ったり、民族的対立が煽られている、という記述はありません。
特にプレイヤー間で、そうしたパラノイアや憎悪、競争や対立を行うことを推奨する記述は、ゲーム運用的にも設定的にも発見できませんでした。


それもそのはず、こうしたテーマを持ち出す意味について、エクリプス・フェイズでは、以下のように書いています。

だがしかし、それらのテーマ(訳注:陰謀論、恐怖、人類の変貌)を引き立たせるように、エクリプス・フェイズでは、まだ望みはあること、戦いとる価値のあるもの、そして、トランスヒューマニティが、己自身の道を作り出せることをもテーマとしています。
(p19)

恐怖や疑心暗鬼、陰謀を越えて、望みを作り出すことこそが、『エクリプス・フェイズ』の大きなテーマであると言えるでしょう。

参考

ポスト・アポカリプス、陰謀論、恐怖について、19pに、きちんとした解説がありますので、訳出しておきます。

ポスト・アポカリプス、陰謀論、恐怖テーマ


 エクリプス・フェイズには幾つかのテーマが登場するが、その中には読者の方が不案内なものもあるだろう。以下の記事では、そうしたテーマを定義し、読者がこの本を読み進めていく時に、エクリプス・フェイズがそうしたテーマに基づいてユニークな設定をつくっていることに理解を深めてもらうためである。
 ポスト・アポカリプスとは、大変動によって、今ある人類社会が崩壊した(そしてたいていは想像もできないほどの人命が失われた)世界を描くフィクションである*12。災害の原因事態はたいてい、あまり重要ではない。核戦争、疫病、隕石衝突等々なんでもいい。このテーマの重要性は、人類のおかれる状況にある。もし、我々の知る形の世界がばらばらになり、そのポスト・アポカリプス世界への変革に伴い、想像できないほどの恐怖に直面した時、いったい人類はどうなるか? なんとか生き延びて、復活を遂げるのか? あるいは、人間性を失い獣に落ちぶれるか、絶滅してしまうのか? こうした疑問こそが、このジャンルを動かす原動力だ。
 Conspireとは、「秘密の談合に参加することで、不法な行為や不正義な行為にしたり、そうした手段で、合法的な結果を得ようとすること」である。つまり、陰謀論とは、(政治的であれ社会的であれ歴史的であれ)特定の事件や事件群が起きた原因を、強大な力を持つ(政治的、経済的など)秘密の個人の集団によるものとし、そうした集団は一般の目からその行動を隠しながらも、様々な事件を操って、それによる犠牲などを無視して、自らの目的を達しているという考えである。多くの陰謀論では、歴史上の大きなイベントが、そうした秘密組織によって行われ、操られているとする。それと同時に、そうした秘密組織同士が抗争しており、社会の裏側で、未来を支配すべく戦っているという考えもある。
 恐怖は、様々な形をとるが、エクリプス・フェイズでは、血しぶきよりも心理的な恐怖を扱う。それは生存が不確実なこと。星々の間に、邪悪な存在を発見すること。未知の恐怖。存在そのものが禁忌となるものに出会うこと。未知なるものに出会うときの反発。トランスヒューマンが互いや己自身に対して、不正義でおぞましいことを行える、という認識。恐怖はまた、この世界に我々の認識を超えた恐ろしい存在があることと、そして、トランスヒューマニティ*13こそが、自身の最も恐るべき敵であると認識することからも来ます。未来のトランスヒューマンが、発達した道具や技術をもつ煮も関わらず、トランスヒューマンは、自分自身のアイデンティティや感覚、精神の平衡を失う恐怖があります。そして、種としての未来を失う恐怖も。
 エクリプス・フェイズは、これら全てのテーマをまとめあげ、トランスヒューマンの設定に織り上げています。ポスト・アポカリプスの部分は、トランスヒューマニティが失って来た全てや、絶滅との戦い、そしてその戦いの多くが、自分たち自身の業である点にかかっています。陰謀は、トランスヒューマンの未来の決定に、幾つかの秘密組織が関わっていること、そして、決意を決めた個人が、多くの人の人生を変えられることにかかっています。恐怖の側面は、人類が自身を大きく変化させたことと、そうした変化が人類を、非=人間としてしまったことに関わっています。これら全てをまとめるのが、宇宙というものは、巨大な無関心と異質さの塊であり、トランスヒューマニティさえも、それに比べれば、小さくどうでもいいものに過ぎないという認識です。
 だがしかし、それらのテーマを引き立たせるように、エクリプス・フェイズでは、まだ望みはあること、戦うことのあること、そして、トランスヒューマニティは、己自身の道を作り出せることをもテーマとしています。

*1:現実の陰謀論によって引き起こされてきた各種の悲劇が楽しいわけではありません。

*2:ある程度の矛盾する情報の中で、何が正しいかを検討するのはゲームになるんですが、その何が正しいかを判断する基準自体が揺らいでたり、プレイヤーに伝わってなかったりすると、ゲームにならないわけです。

*3:探索者のキャラクターとして悩むロールをするのは自由です。一時的狂気に陥った時なんかはいいチャンスですね。

*4:他にも『ダブルクロス』や『シノビガミ』等、PCが秘密組織側のTRPGはたくさんあります。

*5:クトゥルフ神話TRPGも、それに近いところはあります。官憲に頼めない一番大きな理由は、クトゥルフ神話の存在そのものが一般には知られていないし、知られてはならないからです。

*6:もちろんキャンペーンなどを通じて、PC、プレイヤーの立場がしっかり固まったあとで、所属組織の大義が疑われるシナリオというのは、燃える展開です。

*7:でも見ないでねといってもネット時代だと見えちゃうことも多いよね。そういう時、どうしようか。という項目もあって親切です。

*8:先にも書きましたが、PCとPLがそうした前提に慣れたあとでなら、様々な応用を試しても良いでしょう。ただ、最初から指針なしで好きにやれ、というゲームではないわけです。

*9:能力を限定したコピーを作って、召使とすることはもっと普通に行われています。

*10:記憶のバックアップを書き戻して見なかったことにするという手もありますが……

*11:もっともラヴクラフト本人も、怪獣的な話を好んでいたりしますし、コズミック・ホラーだけがクトゥルフ神話の正統な面白さである、なんてことはありません。

*12:訳注:199X年。世界は核の炎に包まれた。だが人類はまだ死に絶えていなかった……な『北斗の拳』とかがわかりやすい例ですな。

*13:訳注:ヒューマニティ=人類、人間性、の、トランスヒューマン版。超人類。超人間性みたいな感じです。