ウォーゲーマーとSFゲーマーとファンタジーゲーマー

AGS様で、更新がありました。
今回は、ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』のレビュー記事です。
ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』: Analog Game Studies

ダニガンと空想ゲーム

それは、例えば1876年の「インディアン」戦争における「リトルビックホーンの戦い」をゲーム化する場合、ガトリング銃等の史実上の装備が登場・行使されるのは許されるとしても、「殺人光線銃(death ray gun)」等の非現実的存在を登場させたり行使するのはウォーゲームではなく「空想ゲーム(fantasy game)」への逸脱だ、という意味である(p.107)。これとは別にインテリジェンス研究の分野では、政策決定者が自らが好ましいとする主観に沿って情報を取捨曲解する振る舞いを「情報の政治化」と呼称するが(*3)、ダニガンの空想ゲーム批判がゲームの「政治化」に対する警鐘とも読み取れることには注意を払ってしかるべきだろう。

蔵原様の記事の引用です。
さて、個人的には、史実の戦争にレイガンやらファイアーボールやらを持ち込むのも大変に燃えるシチュエーションなのですが、ウォーゲームによって厳密な歴史のシミュレーションを試みる人には、もちろん違う意見があってもおかしくありません。TPOの問題ですね。


さて、ダニガンが「空想ゲーム批判」をされているとありますが、具体的にはどのような批判をされているのかが気になります。
ありがたいことに、Wargames handbookは、オンライン公開*1
もされています。
オンラインverは第二版+随時アップデート(2005年公開)なので、第三版(2001年発売)の内容とずれているところもあるかもしれません。違う点がありましたら、教えていただけるとありがたいです>諸氏
まず、蔵原氏の引用している部分。

シミュレーションゲームの精髄とは、細かく定義された範囲において、本来厳密に決められている歴史的なイベントに、大きなバラエティを与えるというものだ。つまりゲームである「もし〜だったら」というわけだ。たとえば、1876年に、カスター将軍が、リトル・ビッグ・ホーンで戦った時だ。もし彼が、戦闘にゆく寸前にガトリングガン(原始的な機関銃)を持っていったとしたらどうだろう? カスター将軍は、ガトリングガンを持って行くこともできた。なので、これは、根拠のある「もし〜だったら」である。火炎放射器は持っていなかったので、もってゆくことはできない。ちなみに、ファンタジーゲームをファンタジーゲームたらしめているのは、カスター将軍が、リトル・ビッグ・ホーンに、火炎放射器だろうが、あるいは光線銃だろうがもってゆける点にある。


典型的なシミュレーションゲームは、歴史に基づくもの(ヒストリカル)も、そうでないものも(ノンヒストリカル)、幾つかのタイプの情報を持っている。それらは4種類に分類できる。地形、戦闘序列、状況のリアリティ、改編可能性である。
(pdf版p87)

ここだけ見ると、ファンタジーゲームはそういうものだ、と言ってるだけで、強く批判してるようには見えません。「逸脱」に相当する文はありませんでした。
また、以降において、ヒストリカルゲームも、そうでないものも、区別せずに扱っているわけで、「ファンタジーゲームは、歴史性がないので、シミュレーションゲームとして扱えない」的な言及はないことに注意してください。。


あともう一点、蔵原氏は、「例えば1876年の「インディアン」戦争における」と書いていますが、なぜ、リトルビッグホーンの戦いを「インディアン」戦争と書くのでしょうか。これもpdfの原文にはありません。
(02/11 12:35 ご指摘いただき追記)
「インディアン」という言葉は、無論、アメリカ大陸にもともと住んでいた人々を、コロンブスがあやまって「インド人」と誤解し、その誤解のまま名称が定着したのが起源ですが、現在においては、そうした歴史的経緯を記憶から消さないために、積極的にインディアンという言葉を使ってゆく動きが、当事者の側からもあり、そうした意味を含んで「インディアン戦争」「Indian Wars」と呼ばれることもあるようです。
リトルビッグホーンの戦いの舞台となった同地では、「カスター国立記念戦場」から「リトルビッグホーン国立記念戦場」に名称変更され、"The Indian Wars Are Not Over.”(インディアン戦争は終わっていない)という言葉が刻まれた石碑が立っているそうです。


あとのほうを見ると、ファンタジーとSFを専門に扱った項がありました。

ファンタジー&SFゲーム
これらのゲームは、言うまでもなく、架空の事象に基づいて作られている。サイエンス・フィクションゲームは、現在のSFにあるような、様々な本や物語(あるいは少なくともアイディア)に基づいて作られている。

ファンタジーゲームは、科学に対する興味が薄く、魔法により集中している。ただし、歴史家として指摘するのだが、ほぼすべてのこうしたゲームの基本的なプロットや骨組みは、古代や中世の話題から取られている。多くのSFゲームは、探検の時代を前提としている。クリストファー・コロンブスがまた始まったかのような勢いだ。ファンタジーゲームも、その手のストーリーを使いつつ、加えて、古代や中世の神話や宗教に影響をうけている。ファンタジーゲームやSFゲームに興味をもつゲーマー達を私が調べた限りでは、彼らは中世時代にも強い興味を持っていた。一見、驚くようなことに視えるが、しかし、少し考えてみれば、別に変でないことがわかる。これはファンタジーゲームのユーザーですら、「リアリティ」にこだわった議論をするということの説明にもなる。ファンタジーとは多くの場合、「こうあってほしい過去」だし、SFとは、「こうあって欲しい未来」だ。

コンピューターでファンタジー、SFゲームがポピュラーなのは、それらが映像化できないものを映像化するからだ。歴史ゲームの場合、様々な過去の映像資料がある。ファンタジーやSFゲームの映像は、つくらなければないし、コンピューターがそうした映像を作り出す。

歴史ゲームと違い、ファンタジーやSFゲームでは、やっていいことの制限が少ない。デザイナーもユーザーも、色々なことをやりたくなる。私自身、ゲームメカニクスに関する多くの発展性のあるアイディアが、最初にファンタジーやSFゲームの中から登場してきたのを知っている。こうしたアイディアは、歴史的な事象にも適用できる。

フォースが汝と共にあらんことを。そういうものだ*2
(pdf版p107、3rdEdition p141)

ここではダニガンは、
・ファンタジー、SFゲームが、同時に、古代や中世の物語という歴史性を共有していること。
・ファンタジー、SFゲーマーも、よく中世に興味を持ち、リアリティにこだわること。
・ファンタジー、SFゲームから、ヒストリカルゲームにも応用できるような、ゲームの発展が起きたりすること。
の3点を挙げています。


以上より、ダニガンが、ファンタジーゲームを、単純に批判している、という視点は成り立たないように思えます*3

人それぞれの立場

正直、本文を読むまでは、もっときつい筆致を予想していました。
80年代から勃興したSF、ファンタジー、TRPGブームは、ゲーム市場を大きくすると共に、ウォーゲーム市場を奪った側面もあります。
ウォーゲームが好きな人の中に、そこについて、様々な思いを持たれる方も多いでしょう。


xenothはTRPGゲーマーですが、TCGの勃興やコンピュータRPGが、TRPG市場を奪った(あるいはそのように見えた)ことについては、様々な思いがあります。いや、TCGもコンピュータRPGも大好きで遊んでるんですけどね。


そうした様々な思いは、時に、世代論に転化して、「○○を遊んでるやつらは頭が悪い」的な議論になるものです。恥を偲んで言うと、xenothも中学、高校のときとか、そういう偉ぶった議論をよくしていました。
たいていは、「××のほうが頭を使って/リアリティがあって/高尚」で、「今の○○は、頭を使わない/単純すぎる/リアリティがない」と続きます。
そういうxenothのような、被害妄想的な押し付けは論外としても、人間、気に入らないものに対しては、批判的な筆致が強くなるというのは、よくあることで、理解もできることです。
議論においては、そうした人それぞれの立場を理解することも大切でしょう。


さてこの本においてダニガンは、ウォーゲームの歴史において、TRPGやコンピューターゲームによって、大きく市場が奪われたことを、淡々と語りながら、それらについて、世代的にありがちな罵倒をしている点は全く見つかりませんでした。
ボードゲームの意味がある点を、冷静に指摘しながら、「TRPGやコンピューターシミュレーションゲームを通じて、これだけ多くの人が、歴史や戦争に興味を持っている状況こそが好機である」と述べ、そこからボードゲームのシミュレーションに来てくれる人を増やしたいと書いています。


一方で、蔵原様のレビューでは、ダニガンの議論を前提に、ファンタジーゲームを「逸脱」とし、「ダニガンの空想ゲーム批判がゲームの「政治化」に対する警鐘とも読み取れること」とつなげています。


xenothが見た限りでは、そのような文脈は見つかりませんでした。
もしかすると、空想ゲームとゲームの政治化に対する脅威を感じているのは、ダニガンではなく蔵原様である可能性があるのではないかと考える次第です。


無論、第三版を手にしたわけでもありませんし、読み落としもあるとは思います。早晩チェックする予定ですが、ご指摘は常に大歓迎です。

追記(2011/04/28)

原著を手にしたので、ページ数他、追記しました。

*1:http://www.hyw.com/books/wargameshandbook/contents.htm http://www.mataka.org/archives.php

*2:SF作家カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』で繰り返し登場するセリフ。フォースが〜と共に、SFファンへの目配せですね。

*3:pdf版と、第三版の間に、大幅な意見の変化がない限り。ただしpdf版が公開されたのは、第三版発売のあとです。