エベロンのグランドデザインについて

要約

エベロン世界は、科学+ファンタジーの世界である。
科学に代表される現代性、社会性と、冒険者が戦ってなりあがるファンタジー世界性を両立させるため、「戦後の混乱期」(具体的には、一次大戦と二次大戦の間あたり)を参考にしている。よって同時代を舞台にしたハードボイルド作品が参考になる。
列強が暗躍し、人々の心に不安の雲が根ざす闇を、自らの信念で照らす冒険者達。エベロンはそんな物語を志向しているのだ。

グランドデザイン

 特に背景世界については、私がコンベンションで実演を重ねていちばんプレイヤーの動きがよかった「世界観のグランドデザインを伝え、そこから少しずつ照準を絞っていく」という方法を採ってみました。ファンタジー小説や映画などで、往々にして採られる方法ですが、この方法のメリットは、プレイヤーが早いうちから世界観の因果律を理解できるため、ストーリーに関わる行動や意志決定が速やかに進むということです。

D&D日本語版公式サイトにて、リプレイ「竜の予言に選ばれし者たち」の連載が開始しました! - Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイト(新)
HJのサイトで連載中の岡和田氏のD&Dリプレイ「竜(ドラゴン)の予言に選ばれし者たち」について、岡和田さんがこのようなことを書かれていた*1


こちらを読んで、先日「「初心者向け」の記事を書く時に陥りがちな間違い」について書いたが、この時、「世界観のグランドデザイン」について言及する方式については書き落としていたことに気付いた。
以下、「初心者向け〜」の実例として、エベロン世界のグランドデザインについて少し書いてみようと思う。


なお、以下の記事はxenothの推測と泥縄の産物であり、おかしいところや勘違いもあるかもしれない。そうした点はご教授いただけると幸いである。

D&Dというゲーム

D&DというTRPGがある。1974年にアメリカで発売された、あらゆるTRPGの元祖であるこのゲームは、元々「指輪物語」や「蛮人コナン」「二剣士シリーズ」といったファンタジー作品に題を取り、剣士や魔法使いが怪物や魔物をばったばったとなぎ倒して成り上がり、英雄や一国の王、果ては神にまでなりあがるという大変景気のいいゲームで、大きな人気を博した。


どんなに素晴らしいゲームでも遊び続けると飽きるわけで、D&D30年の長い歴史においては様々な、改訂、改変、追加、深化、進化が行われており、おかげで現在も人気を博している*2


エベロン」というのは、D&Dを遊ぶために無数に作られた世界設定の中でも、もっとも新しいもので、それだけに様々な楽しい工夫がされている。一言で言うなら、魔法+機械、中世+現代という組み合わせ。
そこでは、魔法の力で駆動する飛行艇や列車が、人々を乗せて大陸をつなぐ。
魔法技術の発展した異世界
それがエベロンだ。

科学と魔法

D&Dの長い歴史の中で、科学・SF要素を組み込んだ世界観はエベロンが始めてではない。「進歩した科学は魔法と区別がつかない」の言葉の通り、「魔法の一種」としての科学はD&Dと相性が良いからだ。
発売の5年後には、核戦争後の地球でミュータントとして冒険する「ガンマワールド」が早くも発売している*3
「グレイホーク」や「フォーゴトンレルム」といったメジャーな世界でも、あちこちにちらりと「メカ」は登場している。「ドラゴンランス」世界では、ピタゴラスイッチ的な奇っ怪メカを作るのが大好きなノーム達が存在し、小説版でも大活躍していたのが個人的に思い出深い。


さて最初に書いたとおり、D&Dの基本は、怪物や魔物をばったばったとなぎ倒して、なりあがる世界観である。
よって科学を導入する場合も、基本は「魔法の代わりに銃や超能力」とか「ドラゴンの代わりに戦車」とかそういうノリになる。こうした作品は大変に楽しく素晴らしい。


一方で、科学ってそういうものだろうか、現代ってそういうものだろうか? という疑問を持つ人もいるだろう。
技術は常に社会を変革する。
現実世界においても、銃が大量生産されるようになったことで騎士階級が没落し、中世世界が終わりへ向かった……的な話を思い出す人も多いだろう。科学技術の社会への影響を考えると、そういうシナリオも浮かび上がる。
*4


もちろん「というわけで、科学が発達して冒険者の時代は終わってしまいました」という世界設定をD&Dで提示されても、それは困ってしまう(当たり前だ)。
そこで、エベロンである。

終戦争と戦後の混乱期

エベロンは、ファンタジー世界に、機械文明、メカを持ち込み、その延長として「現代社会」それ自体を反映させた。エベロンには一般人が使える鉄道があり、飛行機があり、魔法の馬車があり、電話さえ存在する。
そうした現代的な社会の中に、冒険者が活躍する余地を作るために、「戦後の混乱期」を設定した。


戦後のどさくさである! 焼け跡である!
法と秩序が、一度壊れ、違った形で再編されてゆく時。
ここには、「冒険者」が活躍して、一攫千金を行う余地が確かにある!


具体的には、「最終戦争」という(皮肉な名で呼ばれる*5)巨大な戦争が終結した直後が、エベロンの舞台だ。

エベロンとハードボイルド

現代社会で戦後のどさくさで冒険者」と言われても、いまいちピンと来ない人が多いだろう。そのために、様々な参考作品がある。


よくあげられるのが、ハードボイルドと呼ばれる作品群だ。
ハードボイルドというのは探偵物の一種で、定番イメージだと、トレンチコートにソフト帽のタフガイ探偵*6が、貧乏暮らしの中、痩せ我慢しながら事件を追って行き苦い結末に巡り会う、といったものだ*7


その元祖にして永遠の名作と呼ばれるのが、ダシール・ハメットレイモンド・チャンドラーといった作家で、「マルタの鷹」*8や「大いなる眠り」*9「プレイバック」*10といった作品が有名である。


探偵が現代版冒険者である、というのは、なんとなく分かるだろう。
探偵から始まる冒険物語は数多い。


それだけではない。
日本でハードボイルドといった場合、北方謙三などの和製ハードボイルドもあり、あるいは探偵物語仮面ライダーWみたいに、一種、コスプレや自己パロディ的な扱いをされる場合もあるので忘れられがちだが、ハメットやチャンドラーが作品を発表したのは、一次大戦と二次大戦の間の時期に当たるのだ。
そう、エベロンのモチーフとなる「戦後のどさくさ」の時期だ。


ハードボイルド探偵が貧乏しているのも、優しさと正義感を持ちながら、どこかに傷を負っているのも、実は「戦後」という時代の反映なのだ。
探偵のゆく街並みが暗く、人々が金や犯罪に執着し、一方で、薄っぺらい愛に振り回されて身をあやまるのも、戦後の不安を反映している。


そんな不安な社会の中で、正義を信じたい心が、屈折して現れたのが、ハードボイルド探偵であり、それがハードボイルド小説の魅力、醍醐味の一つだと言ってもいいだろう。

戦後のどさくさと列強の陰謀

さて、戦後のどさくさとは個人が成り上がるチャンスであると同時に、列強の国々が暗躍する時代でもある。
町の中で、美男美女のスパイ達が、鮮烈な情報合戦を繰り広げ、時には血が流れ、時には愛が生まれるそんな物語。
そうした側面は、ハードボイルド物の傑作として有名な映画『カサブランカ*11などが参考になる。


渋いハードボイルドものばかりを紹介してきたが、もちろん暗い作品ばかりではない。
そこぬけに明るくて楽しいのが「インディー・ジョーンズ」だ*12
せまりくる大戦の影! ナチスの謀略!
一代の快男児・インディー・ジョーンズ博士が一国を相手取って、鞭一本で痛快な戦いを繰り広げる! そこに現れる古代の謎とは!?
これだってエベロンの正しい遊び方だ。


「インディー・ジョーンズ」的な日本の冒険小説も大いに参考になる。
列強の謀略が渦巻き、スパイが跳梁跋扈する舞台といえば、日本人だと「魔都上海」のほうがおなじみかもしれない*13

エベロン世界

そんなこんなで、エベロン世界をエベロンらしく遊ぼうとするのなら、

  • 終結した戦争の傷跡
  • 今にも始まるかもしれない戦争の足音
  • 人々の間に広がる不安の影
  • 列強の暗躍

という背景を意識して、その中で「犯罪や陰謀の調査」「背後の列強の動き」といった要素を絡めると、それらしくなる。
その典型が先ほどから述べているハードボイルドというわけだ。


とはいえ同じ「列強の陰謀」でも、ちょっとテイストを変えれば「インディー・ジョーンズ」みたいな冒険活劇ものになる。「天空の城ラピュタ」や「未来少年コナン」だって、「帝国の陰謀との戦い」だ。


錯綜する陰謀や犯罪に飽きたら、気楽な冒険に出たっていい。
エベロンはファンタジー世界だから、現代的な都会もありつつ、魔物の潜むダンジョンやら野生のモンスターやらも沢山いる。町の地下に広がる下水道や、戦後放棄された砦に住む盗賊だって冒険の対象だ。身近な敵に満足できないなら、別の次元界の凶悪な悪魔達はどうだ?
そうしたきっかけは、エベロンの世界設定や資料自体にも沢山載っている。


せっかくファンタジーなんだから「世界に選ばれし運命の英雄」がやりたい?
もちろんOKだ。
エベロンには、世界の行く末を告げる「竜の予言」と、その予言に関わる宿命を与えると言われる「ドラゴンマーク」と呼ばれる刻印がある。
ハードボイルドな探偵は、運命の刻印に選ばれし勇者かもしれない。
そこから生まれるドラマこそが、エベロンの魅力の一つだ。


おっともう一つ。エベロン世界では、通常「モンスター」として扱われているものを含め、多くの種族の平等が認められている。「とりあえずコボルドは雑魚で悪」といったお約束はない。
様々な人種の融和を目指すアメリカや欧州の人の考える「現代性」においては、異人種、異文化のやりとりは、不可欠なものなのだろう*14
プレイヤーとしては、魔法ロボットである「ウォーフォージド」を始め、様々な珍しい種族を遊べるゲームであると思っておけばいい。

現代の騎士

自身もハードボイルド作家であるロバート・ブラウン・パーカー*15は、ハード・ボイルドの主人公は「汚猥にまみれた世の中における現代の騎士」だと言っている。


元々は戦後の混乱期。それから後も様々な理由で社会が乱れる時に、人々はハードボイルドなヒーローに心を許してきた。


社会が暗く、心が折れそうな時に、「現代の騎士」達は、痛みを抱えながらも正義を守る。
エベロン世界が暗く、陰謀に満ちているのは、その中で冒険者達が信念を貫き、輝くためだ。

参考

長々と書いたが、このへんのことは実は「エベロン・プレイヤーズ・ガイド第4版」の第一章「はじめに」の「重要な事実」の項目に、大変わかりやすくまとまっている。さすがプロの仕事である。
xenothの記事や、D&Dリプレイを見て興味を持たれた方は、そちらを参照にするのがいいだろう。

エベロン・プレイヤーズ・ガイド 第4版 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版サプリメント)

エベロン・プレイヤーズ・ガイド 第4版 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版サプリメント)

*1:なお、HJのサイトでは、『妖侠デイン流離譚』 http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/article/web_replay/index.html というウェブリプレイも連載されており、こちらもお勧めである

*2:日本ではホビージャパン社より翻訳版が絶賛発売中である。

*3:ガンマワールドは厳密にはD&Dの系列ではないが、1stエディションについては発売元が同じでルールを流用していることから、おおざっぱに「SF版D&D」と言ってもいいだろう

*4:繰り返すが、そういう難しいことを考えない作品だって素晴らしいし面白い。かの「スターウォーズ」を見よ。果てしない未来で超絶カッコイイメカが頻出しつつ、内容はファンタジーの王道ともいうべきストーリーだ。田舎の青年が王家の血を引いていたことで戦乱に召喚され、超能力に目覚め、光の剣を振るって、暗黒の騎士や巨大な惑星要塞をばったばったとなぎ倒して王となる! 好き好きは置いといて、これはこれで大変にアリだろう。

*5:原語は"Last War"。「最後の戦争」とも読めるし「前回の戦争」とも読める。ちなみに現実の第一次世界大戦は、戦前戦中に「あらゆる戦争を終わらせるための戦争」と呼ばれていた。その後に第二次世界大戦があり、今にいたるも各地で紛争や戦争が続いているのは言うまでもない。

*6:ちなみにトレンチコートとソフト帽という定番スタイルは、小説ではなく、映画化の際に定着したものである

*7:典型的なハードボイルドの格好は、最近だと、仮面ライダーWの翔太郎である。もっとも彼はハーフボイルドと揶揄される通り、ハードボイルドになりきれない現代っ子であり、翔太郎が尊敬する鳴海荘吉の渋さが、精神のほうのハードボイルドと言えるだろう

*8:「重いな。これは何だ?」「夢のかたまりさ」

*9:「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」

*10:「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」

*11:「昨夜はどこにいたの?」「そんな昔のことは覚えていない」「今夜あえる?」「そんな先のことはわからない」

*12:このへん、同じ時代を舞台にしたアメリカンヒーローの像が時代を経るにつれて変化してゆく様は、アメリカという国、歴史を理解する上で大変面白いテーマとなる。興味のある方は調べて見ると良いだろう

*13:もちろん日本軍がアジアで行ったことを考えると、安易にロマンだけで語るのも考え物だが。あくまでもTRPGを遊ぶ上でのフィクションの中のロマンとしては参考になる。

*14:日本人にとっても勿論不可欠なはずなのだが、つい忘れやすいので、見習うべきだろう。

*15:『私立探偵スペンサー』シリーズ