コンセプトから伝えよう

要約

何かを説明する時に、基本コンセプトから伝える方法がある。
手順としてはまず「相手が興味のあるコンセプト」を選ぶこと。次に、そのコンセプトに沿って、全体の説明を位置づけること。個々の説明においては、未知の概念の取り扱いに十分注意すること。

反省

前に「初心者向けの記事」を書いた際、以下のように書きました。

基礎から全部説明するというのは、それはそれで合理的な順番なのだが、少なくとも「相手に興味を持たせる説明」ではない。


興味ない世界の神話についていきなり聞かされても、つまらないわけだ。

それに関して
D&D日本語版公式サイトにて、リプレイ「竜の予言に選ばれし者たち」の連載が開始しました! - Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイト(新)
こちらの岡和田氏の記事でグランドデザイン型と紹介されてる書き方を見て、上記の書き方は不十分だったなと気付きました。

 特に背景世界については、私がコンベンション等で実演を重ねていちばんプレイヤーのリアクションが活き活きとしていた「世界観のグランドデザインを伝え、そこから少しずつ照準を絞っていく」という方法を採ってみました。


 エベロン世界の神話から始まり、舞台であるコーヴェア大陸の歴史背景、そして終結したばかりの大戦争「最終戦争」の模様を、ある程度簡潔に伝えるところから始めるやり方です。


 ファンタジー小説や映画などで、往々にして採られる方法ですが、この方法のメリットは、プレイヤーが早いうちから世界観の因果律を理解できるため、ストーリーに関わる行動や意志決定が滑らかに進むというところにあります。

このように、基本を押さえて全体的な説明をすることも、もちろん重要です。
岡和田氏に感謝すると共に、今回はそれについて分析します。

デザインというもの

さて、岡和田氏はグランドデザインという言葉を使っておられます。
グランドデザイン、すなわち全体のデザインです。
デザインとは辞書を引くと、「何かを作り出す時の計画、あるいは計画すること」とあります。
つまり、どういう意図、コンセプト、目的で物を作るか、ですね。
グランドデザインから説明するというのは、作品のコンセプトを説明するということに他なりません。

スターターボックスの場合

先頃、ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版スターター・セット(通称赤箱)が発売されました。
ちょうどいいので、このD&Dスターターセットが、何を目指してどのように作られたか、というコンセプトを考えて見ましょう。


考えると気付くのですが、実は「コンセプト」というのは、必ずしも一つではありません。見方、考え方、立場などで様々なコンセプトを抽出することがあります。
赤箱について思いつくままに挙げてみると……

はじめての人にD&Dの魅力を紹介する

スターターセットの名の通り、これ一つで、本格的なD&Dのゲームがプレイでき、豊富なコンポーネントD&Dの楽しさがぎっしり詰まっています。

古のD&Dファンを呼び戻す

今回のスタートセットのデザインは、遠く40年前に発売した、最初のD&Dのボックスセットをそのまま使っています。その世代の人には大変思い出深いデザインです。

節約

ちょっとうがった見方になりますが、限られた箱の中に、D&Dの面白さをぎゅっと詰めて値段も抑えるために、スタッフの方はさぞかし苦労したと思います。どこをどう切り詰めて、どう整理し、どう節約するかは重要なテーマだったでしょう。


こんな感じに分析できるでしょうか。
さて、では赤箱のコンセプトを説明する際は、どれを説明すべきでしょうか。

コンセプトの選択

答えは相手によって変わるです。


D&Dをこれから始めて遊ぶ人については「はじめての人にD&Dの魅力を紹介する」のコンセプトに沿って説明するのがいいでしょう。様々な特殊能力を表す「パワーカード」をはじめとした、様々な工夫や豪華なコンポーネントで、こんなに楽しく遊べる、というわけです。
昔のD&Dファンで今離れている人なら「古のD&Dファンを呼び戻す」ですね。
D&Dの経験者であれば、「はじめての人にD&Dの魅力を紹介する」あるいは「古のD&Dファンを呼び戻す」で、ちょっと視点を変えて「D&Dのプレイに人を誘う時に便利」という視点になるでしょう。こんなに工夫してあるので、新規参加者を誘って遊ぶ時に、こんなに便利で楽しい、というわけです。


逆に相手に合わないコンセプトを選択すると、まずいことになります。。
最近のプレイヤーに対して「古のD&Dファンを呼び戻すコンセプト」で、「40年前のゲームのオマージュがこんなにいっぱい!」という話をしても、興味を持たれないでしょう。枕くらいに簡単に触れるならともかく、それをメインにはしないほうがいい。
現在のD&Dファンに「新しい人用にこんなにルールが簡単に!」という話をしても、「いや簡単でなくていいし」と言われますね。
ちなみにスターターセットは、互換性のない「簡易ルール」ではなく、現状のD&Dとそのまま混ぜて遊べるようになっています。そのあたりも嬉しいところ。


「節約」コンセプトの話は、する人がすると面白いでしょうけれど、例えばこれから卓を囲んで一緒に遊ぼうという人に言っても、あまり興味を持たれないでしょう。


このようにグランドデザインから作品を語る場合には、まず、相手に応じてコンセプトを選択することが大切です。

エベロンの場合

さてエベロンの全体を語る際のコンセプトとは何でしょうか?
これも様々なものが考えられます。


マーケティング的なコンセプトが考えられます。たとえばハリー・ポッターダレン・シャンが大人気だ。現代社会+魔法の組み合わせは、今、いけるかもしれん。D20モダンもいいが、本家D&Dで、そうした売れ線に追随するにはどうしたらいいか……というのは今xenothがでっちあげた話ですが、そうしたマーケティング的な視点からの製作方針も当然存在したはずです。
デザイナーの趣味というのもあるでしょう。「スチームパンク大好き! ラピュタとかターンA超萌え! だからD&Dラピュタやる! 文句あっか!」的な熱意も*1、物を作る際の重要なコンセプトになります。
文学的なコンセプトも考えられます。ヒロイックファンタジーの系譜における進化を追求する文脈において、ファンタジー、そしてヒロイックファンタジーと呼ばれるジャンルがどのように出てきたのか。その中でTRPGやゲームはどのような役割を果たしてきたか。その中でエベロンという作品はどう位置づけられるか、といったものです。
社会学的なコンセプトも考えられます。ファンタジー=中世と、機械文明=現代の混じりあった世界を一つの視点として、我々の住む現代社会を批評、検討するというものです。
その他無数のコンセプトが考えられるでしょう。


どのコンセプトでも、そこに沿った整理を行うことは可能ですが、それが読みやすいかどうかは読む側の興味左右されます。
たとえばマーケティングの観点からの整理は、マーケティング的な話を好む人には向いてるかもしれませんが、特に興味ない人には興味がないでしょう。文学や社会学もまた同様です。


文章の目的が、初心者への紹介である場合、初心者の興味は「エベロンって面白いの?」ということになるでしょう。
つまり、コンセプトとして考えることは、「エベロンを遊ぶとこんなに楽しい」です。
当たり前すぎて、申し訳ないですが、重要な点でもあります。

コンセプトに沿った整理

コンセプトが決まれば、それに沿って全体像を整理します。


エベロンは何がどう面白いか?
前記事でも書きましたがエベロンプレイヤーズガイドにしっかりまとまっています。
冒頭にはこう書いてあります。

・基本的な色調
エベロンは伝統的なD&Dでおなじみのスリルに満ちた冒険活劇の要素を残らず取り入れつつも、謎と陰謀のスパイスを強めに効かせてある。

D&Dの楽しさは全部あるよ。その上でエベロンらしさとして「謎・陰謀」のスパイスがあるよ、というわけです。
逆に言うと(このコンセプトから語る場合)、エベロンのあらゆる世界設定やルールは「D&Dの面白さ」と矛盾しない形で「エベロンらしい楽しさ」を提供するためにあるわけです。


あとは「機械文明設定」(→現代社会での冒険の面白さを提供)「戦後設定」(→冒険者が英雄となれる乱世の楽しさを提供)「神話設定」(→神話的な勇者となる面白さを提供)「ハードボイルドが参考図書」(→時代の空気と冒険内容が参考になる)といった形に整理して*2まとめるだけです。


コンセプトを設定した場合、様々な形でコンセプトがから外れるものが出るでしょう。理論を語ると、理論外のものを貶める論調になりやすいと先日書きましたが、そのあたりに関するフォローも考えておくといいでしょう。
たとえば、エベロンの文学的価値はエベロンを遊んで面白いかどうかに対して、本来は中立なはずなのですが、文学的価値を中心に語った場合「文学的な話に興味ない人はエベロンやってもつまらない」という印象を与えかねないわけです。


エベロンのグランドデザイン」では、「謎と陰謀」を大きく紹介したので、バランスを取るために「謎や陰謀と関係ない冒険の可能性」のフォローも心がけました。

未知の概念

コンセプトに沿って、概念を並べ直すことで、わかりやすい説明が可能となります。あとは個々の説明のディティールです。


私が個人的に気を付ける点は、以下の3つです。

  • 未知の用語はなるべく使わない。
  • 使う必要があって軽く触れる時は、そこが要点でないことを明確に説明する。
  • 大きく使う必要があるなら、わかるように詳しく説明する。

どういうことかというと、未知の用語が出てくると、聞いてる側は身構えます。一歩引くといってもいいです。読者のイメージからすれば「正体不明の気持ち悪いカタマリ」がそこに現れたことになります。


この時、アプローチは二つあります。
一つ目は、「あ、これは気にしなくていいです」といった具合に、読者の印象から「気持ちの悪いカタマリ」を、さっさと片付けてしまう場合。
もう一つは、ある程度細かく説明して、「これはこういうものですよ」とわかってもらう場合。「気持ちの悪いカタマリ」にきちんと光を当てて、パズルの一片にしてもらうわけです。
一番いけないのが、そうしたフォローなしで話を続けることや、中途半端な説明です。その場合読者の印象では、「あれ、これは結局どういう意味なの?」「どうつながるの?」「わからないよ」ということになり、「気持ち悪いカタマリ」が、ずっと居座ることになります。


もちろん読者によって何が「未知の用語」になるかは違うわけで、そこを見極めるのも重要です。

ディティー

そんなこんなでコンセプトに沿ってまとめることができれば、あとは個々の説明をどこまで細かく、詳しく語るかです。そこは当然大きくTPOに左右されるでしょう。前項の未知概念の扱いをどうするかも、そこに沿って考慮する必要があります。


重要なのは、しっかりコンセプトを押さえていれば、徹底的に短く要点のみで書くこともできるし、細かく面白く書くこともできるという点です。
前回のxenothの記事では「要点」の部分に、コンセプトに沿った最小のまとめの例があります。


コンセプトの選択でも書きましたが、ディティールの選択についても重要なのは相手の期待です。
相手が何を求めているか、何を知りたいかを考えましょう。
セッションの場で「今からTRPGやるぜ」というプレイヤーを前にした時などに、下手に長い説明は逆効果です。その時は、コンセプトに沿ったざっくりした説明が良いでしょう。

紹介対象への経緯

ディティールと未知概念ですが、前回、私の書いた文章では「ハードボイルド」を未知の用語として扱っています。
「ハードボイルド」について知らない方、聞いたことはあっても具体的によく知らない方は多いでしょうし、そもそも「D&Dとハードボイルド」というのも、聞いただけだとよくわからない組み合わせです(そこにエベロンの新しい面白さがあるわけですが)。
そのため「ハードボイルド」というジャンルに親しんでいただけるようわかりやすい説明を心がけました。


筆力の限界で、長く退屈になってしまったり、無駄に冗長な部分があったやもしれません。あるいは「聞いてない、そんなことまで聞いてない」的な語り手のエゴもあったと思います。そこは申し訳ない。


一個だけ言い訳させていただきますと、この書き方であれば最低限「xenothはくどい」「言ってることがわからん」とはなっても、「エベロンはつまらない」や「ハードボイルドはつまらない」とはなりにくい線を目指しました。
中途半端な知識の引用は上から目線の押しつけとして、往々にして、紹介対象自体に悪印象を与えることになってしまいます。それだけはやりたくなかったのです。

*1:これも架空の話ですよ、もちろん。

*2:といってもプレイヤーズ・ガイドでわかりやすく整理されてるので、それを読むだけですが