ローマとペルシャと『秘身譚』

『秘身譚』とルナー帝国連載開始!

AGS様で、新しい記事が追加されました。
今回は、伊藤真美*1の新作『秘身譚』と、グローランサの関係を、なんと担当編集の方の記事としていただいています。
『秘身譚』とルナー帝国(第1回): Analog Game Studies
連載ということで、今後も期待が持てます。


xenothは伊藤真美氏といえば、カプコンの名作格闘ゲームウォーザード』や『ヴァンパイア』のコミカライズを思い出す世代です。
前作の『ピルグリム・イェーガー』は16世紀イタリアを舞台に、当時の様々な有名人たちが(フランシスコ・ザビエルとか!)が格ゲーを思わせる魅力的な造形で登場し、異能の力をふるって歴史の影で暗躍するという燃える展開。
ファンタジー異能バトルとして歴史を知らなくても楽しいし、知ってればさらに楽しいという作品で、第一部完なのが惜しまれます。
『秘身譚』も(時代は変わりますが)ローマ物ということで、こちらも先が楽しみです。

グローランサの世界

グローランサは、ゲームデザイナー、グレッグ・スタフォードの作り出したファンタジー世界で、『ルーンクエスト』や『ヒーローウォーズ』、『ヒーロークエスト』といったTRPGや、その他様々なジャンルの背骨となっています。


さて、xenothはグローランサはわりと不案内です。
AGS様の記事を読み解くにあたり、おおざっぱに調べましたが、まぁ泥縄なので色々穴はあると思います。話半分に読んでいただければと思います。また詳しい方がおりましたら、ご指摘いただければと思います。

神々と英雄

TRPGとしてのグローランサ、すなわち『ルーンクエスト』や『ヒーロークエスト』の世界観を一言で言うなら、「神話の世界を生きる」ことでしょうか。


グローランサの世界では、神々や英雄は、手の届かない存在ではなく、毎日の生活の中に身近に存在するものなのです。

神々と生活

神話的な世界を舞台にしたゲームはたくさんあります。『D&D』もそうですし、たいていのファンタジー世界もそんな感じです。その中でも『グローランサ』(TRPGとしては『ルーンクエスト』)は画期的でした。


何が画期的かですが、TRPGというのは皆で同じストーリー、世界観を共有するゲームです。そして共有のためには何らかのお手本が必要です。魔法や神々のある世界をロールプレイするには、それに関するお手本が必要となるわけです。


あなたは、身近に、神々の存在や息吹、恩恵を感じたことがあるでしょうか。魔法と呼べるものに触れた経験があるでしょうか?
私はないです。そういう人がほとんどでしょう。


では「神々が身近にいるファンタジー世界」をロールプレイするには、何をお手本にすればいいでしょうか?


D&D』は、先行する小説などを参考にしました。「ぼくの考えた指輪コナンアーサー王物語」というわけです。今でも、多くのTRPGは、そうした他メディアの先行作品をお手本に使っているものが多いです。


一方で、小説やマンガには多くの場合、限界があります。
「僕のキャラクターは、5レベル・バーバリアンだ。でも、僕の部族って、どんな部族で、普段どんな風に暮らしていて、何を考えているんだろう?」
「僕のキャラクターは敬虔な僧侶なんだけど、冒険とかしてていいのだろうか? 神様を信じるというのは、具体的にはどんな風にロールプレイすればいいんだろう?」


こうした疑問について、原典となった『指輪物語』や『コナン』を見て解決すればいいんですが解決しないこともあるでしょう。小説はあくまで小説で百科事典ではないわけです。


小説で足りないところを現実の歴史に学ぶこともできます。
元々、『D&D』はミニチュア・ウォーシミュレーションゲームでしたし、ウォーシミュレーションは、元々、古代から現代までの様々な戦争を研究、考証する側面があります。
コナンが使っているグレートソードは、歴史的には、こういう局面で、こういう相手に対して使われたんだから、こういう風に考証するのが正しいといった具合ですね。


でも、歴史考証にも限界があります。なんといっても、現実の地球の歴史には、ドラゴンとかマジックユーザーとかいません。ファンタジーの架空世界の考証を歴史的に行うには限界があります。


TRPGプレイヤーは悩みました。
TRPGは、既存の小説の後追いでしかない、考証もできないゲームに過ぎないのか!?

神話を研究する

「おっと、それは違うぜ!」といったかどうかは知りませんが、そこでグレッグ・スタフォードの登場です。


大学生だったグレッグ・スタフォードは、神話や文化人類学を研究しました。
ウォーシミュレーションの一環としての歴史考証ではなく、古代の人々が、どのような神話を持ち、その中で、どのように考えて、どのように暮らしていたかを研究したわけです。さらに、そこで終わらず、研究の一環として、自分自身の神話、古代世界を作り上げました。
現実の古代世界の情報を取り入れながらも想像の翼を広げ、「神々と英雄と魔法が息づく世界で暮らすということ」を、様々な角度からつくりあげていったのです。


グローランサの誕生です。

神話を生きること

ルーンクエスト*2において、PCは、まず出自表を決めます。
どんな職業の、どんな家柄に生まれついたかが、まず、ダイスで決定されるわけです。
そこからPCは、信仰する神(カルト)を選びます。


なんで、そんなところから決めるか、というと、『ルーンクエスト』が社会を生活するゲームだからです。
その社会とは信仰が生活の一部となった社会です。
信仰というとなんか遠い気がするかもしれませんが、日本人的には、神社があってお祭りがあって縁日があって神楽があって、というと、ちょっと親近感がもてますでしょうか。
まぁ最近、初詣くらいしか神社いってないけど、お爺ちゃん、お祖母ちゃんは、もっと真摯に熱心にお祭りを捉えていたなぁ、くらいに考えてもらえると、グローランサの世界が近づくかもしれません。


現代人の私なんかは、お祭りや縁日にいっても、どんな神様かも知らずに、なんか浮かれ楽しんで帰ってきたりしますが、本来の意義が、神様をお祭りすることであるのは言うまでもありません。
ルーンクエストにおける神々は、崇拝すべき偉大な存在であると同時に、「昔のえらい御先祖様」みたいな近しいものでもあります。
嵐の神様を信仰しているカルトでは、嵐の神様が讃えられ「おまえもあんな風になるんだよ」と言われて育つわけです。


これはまたTRPGにおける「古代社会の草原地帯の蛮族って言われても、どうやってロールプレイすればいいのか、わからないよ!」という疑問に対する答えにもなっています。
嵐の神様の神話を読み込んで、嵐の神様みたいに生きようとロールプレイすればいいわけです。


嵐の神様をお祭りすることで、信者は神様の力のこもったルーン文字を教えてもらいます。その文字を武器に刻むことで、武器はより強い力を発揮します。
いざとなれば、神様に直接、祈って奇跡を起こそうとすることもできます(神聖介入)。
神聖介入は気軽にしていいことではなく、成功率も低く代償も大きなものとなりますが、それゆえに神々が直接人々に目を注いでいる世界を体感できるでしょう。

神々と社会

さて、嵐の神様(オーランス)は、豪快で勇敢な神様でもありますが、乱暴でいいかげんなところもあります。太陽の神の座を奪おうとして喧嘩した挙句に斬り殺してしまったこともあるほどです。
当然、信者も乱暴ではめを外すところがあります。さて、オーランス信者が乱暴をしたらどうするか?


オーランスには、癒しの女神アーナールダという妻がおり、その娘にはバービスターゴアという女神がいます。
オーランスを止めるのをアーナールダ女神にお願いしてもよいのですが、アーナールダは癒し系のはかなく優しい女神なので、あるいは酔っ払ったオーランスは聞かないかもしれません。
娘のバービスターゴアは、母アーナールダが暗黒の神ゾラークゾラーンに乱暴されかけた時に生まれて母を守った神であり、その教団も男の暴虐……セクハラや性犯罪、家庭内暴力から女性を守る教団となっています。


そんなわけでオーランス信者が暴れて止まらないなら、バービスターゴアの怖いお姉さんの出番です。
「暴れるオーランス信者を止めるために、ちょっとバービスターゴアの関係者を呼んでくる」という冒険がここに生まれるわけです。もちろん、その代わりにバービスターゴアの神殿から、さらに別のことを頼まれるかもしれません。
その結果、喧嘩が大きくなってしまったり遺恨が残ってしまった時は、また別の神様、カルトに間に入ってもらって仲裁してもらうこともあるでしょう。その時こそ、アーナールダの出番かもしれませんし、また他のカルトかもしれません。


このようにルーンクエストにおける冒険には、基本的に社会的な背景があり、社会を通じて交渉によって事態は解決され、そのバックボーンには神話があります。多くの場合、戦闘は交渉の失敗という位置づけになります。


この例を見てもわかる通り、PCの冒険の基本となるのは「神々、神話の真似」言い方を変えるなら「小さいレベルでの神話の再演」です。
PCが成長するに従い、その「神話の再演」はより規模を増してゆきます。
たとえばバービスターゴアは、暗黒の神ゾラークゾラーンと戦った神話があります。
小さなレベルでは、村のお祭りの劇や巡礼の中で、その神話を演じるために道具を集めたり旅をしたりすることでしょう。
もうすこし大きなレベルになると、実際にゾラークゾラーンを信仰するトロールを相手取ることになるかもしれません。
さらに大きなレベルでは、部族を率いてトロールたちとの戦争に対処することにもなるでしょう。
そのように神話を生きて世界に変革を及ぼすもの。それがグローランサの英雄というものです。


こんな感じで、『ルーンクエスト』のカルトは、まず、プレイヤーに魔術や特殊能力を与えるキャラクタークラスとして機能します。
それと同時に、ロールプレイのお手本、モデルとして機能します。
さらに冒険のきっかけとなり、解決の方法ともなります。
大変にお得で、よくできたシステムですね。
神話や神々も大変魅力的で、はまると抜け出せない面白さ、奥深さがあると聞いています。

影響

グローランサ』の世界観は、その後の、ほぼ全てのTRPGに大きな影響を与えています。架空のファンタジー世界を、文化人類学や様々な学問を援用して創りだすという手法は、今やなくてはならないものです。
日本だと『ガープス・ルナル』などはカルトを中心とした世界観で、大きな影響を受けた例です。
文化人類学の手法を使って異文化接触を描くという点では、たとえば『TORG』や『カオスフレア』などのクロスオーバー世界観のTRPGも、大きくその系譜にあるといえるでしょう。

ルナー帝国とローマ時代

ずいぶん長くなりましたが、今回はルナー帝国と、そのモデルについてです。


グローランサにおける、PCたちのメインの国となるサーター王国は、ケルト人、ガリア人をモデルの一つとしています。
サーター氏族の魔法に、青い染料で肌に模様を描いて魔法の鎧とするものがありますが、これはケルト人の特徴的な習慣です。


サーター王国を迫害する、巨大な帝国国家、ルナー帝国です。
ケルト人を襲ったといえばローマ帝国カエサルの『ガリア戦記』なんかのイメージですね。


欧米人は、ローマ時代を精神的な先祖としています。ローマ帝国の残した文化こそが欧米の基礎というわけです。そしてローマの視点に立つならば、ケルト人、ガリア人、ゲルマン人は平定された「蛮族」でありました。
ルーンクエスト』は、敢えて、その文明に迫害される側を主人公としました*3
それは当時のヒッピーカルチャーの、権威的なものに疑問を投げかけ、様々な世界の豊かさ、多様性に目を向けようという流れの中で出てきたものでもあるでしょう。
日本人的にも、こうした「まつろわぬ民」「権力によって滅びた側」の物語は、お馴染みですね。『平家物語』、『サクラ大戦』や『サムライスピリッツ』なんかが浮かびます。


xenothは、そのような感じで理解していたのですが。

ですが奇妙なことに、グローランサの創造者であるグレッグ・スタフォードは、「ルナー帝国のモチーフはササン朝ペルシアである」と述べているのです。

おっと! xenothもルナーのモチーフがササン朝ペルシアとは知りませんでした。てっきりローマ帝国かと。
そこでちょっと調べてみました。


ルナー帝国は、領土を表す用語として、サトラッピ/サトラップ(サルタネート/サルタン)のようなササン朝の用語を使ってます。
Glorantha Wikiによると、これらの用語はルナー帝国の前身ともいえるカルマニア帝国での用語が元だそうです*4
それについては以下のQ&Aを発見しました。
http://www.glorantha.com/index.php?page_id=643
ここでカルマニア帝国がササン朝ペルシャの用語を使っており、ローマ風でないことについて、グレッグは以下のように答えています。
ある程度以上、大きくなった帝国は必然的に似てくるものだ。だから政治的にカルマニアがローマかペルシャかというのは、あまり意味が無い。敢えてペルシャをモチーフにしているのは、宗教的にそちらのほうが近いからだ、と。
ローマはローマ神話を抱く多神教国家であり、ペルシャは善悪二つの神を持つゾロアスター教であり、カルマニアのカルマニア正教は、ゾロアスター教をモデルにした宗教というわけです。
宗教が重要なグローランサらしい話ですね。


そうした用語の選択はともかく、ルナー帝国の設定の中に、ローマやペルシャを始めとする様々な古代の帝国が反響しており、「幻想の帝国」を作り上げていることは、AGS様の記事にある通りでxenothもその通りと思います。


今回は『秘身譚』本編の紹介はあまりありませんでしたが、連載の次回からは登場するのでしょうか。色々と楽しみです。

ゲイリー・ガイギャックスについて

 なお批評の現場にいると、(相互干渉性を前提とした)背景世界の充実に代表されるRPGの構築性については、まだまだ批評の言語が追いついていないという思いを日々強くします。ゲイリー・ガイギャックスは(背景世界を的確に踏まえた)RPGのシナリオが文学として評価される日の到来を夢想しました(『実践ゲームマスターの達人』)が、物語表現の未来を考えるためには、ガイギャックスの憧憬についてきちんと向き合う必要があると私は確信しております。そのための第一歩として、『秘身譚』は優れた思考の種を与えてくれるでしょう。

上記の岡和田氏による解説の記述ですが、一点、誤解を招くかもしれない点があるので補足させていただきます。


『実践ゲームマスターの達人』におけるゲイリー・ガイギャックスの言葉ですが、正確な引用は以下のとおりです。

「いつの日にか、ロールプレイング・ゲームのシナリオも文学として認められ、小説、戯曲などと同じような地位を得るようになるかもしれない。しかしそれまでは、マスター・オブ・ゲームは、これがみずからの願望を充足させ、自分を楽しませ、グループから賞賛されるということで満足しなければならない。もっとも、それ以上の報酬など、いったいなにがあるというのだろう!

岡和田氏の抜粋も無論、間違いではないのですが、ニュアンス的には、ゲイリー・ガイギャックスが、TRPGのシナリオが文学として評価される日の到来を夢想しているというよりも、「文学として認められているわけじゃないけど、別にいいよね! だって作ってる自分も楽しいしTRPGの仲間にも喜んでもらえるから、それが一番の報酬じゃないか!」と取るのが自然かと思われます。


ゲイリー・ガイギャックスは、ご存知の通り世界初のTRPG、『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』の作者の一人です。


『実践ゲームマスターの達人』は、TRPGというホビー、ジャンルを作り上げ、根付かせるべく長年努力したガイギャックスの経験をまとめたファンへの呼びかけであり、ゲームを仲間内で楽しく遊ぶためのガイドから、仲間を増やしコンベンションを主催すること、さらにはプロデビューまでも視野に入れた、本当に実践的な本です。


その実践の文脈において、TRPGのシナリオ作成「文学として認められ、小説、戯曲などと同じような地位を得る」ことは、芸術性どうこうの問題ではなく、社会認知を得ることでプロやアマチュアが、より生活しやすくなる(端的には、より、お金を稼げるようになる)ことが視野に入っていたのではないかと思います。

*1:ファンです

*2:ホビージャパンから発売されていた版を参照しています。

*3:もちろんルナー帝国側や、それ以外の様々な住人として遊ぶこともできます。

*4:http://glorantha.wikia.com/wiki/Satrapy