設計と運用?

こういう前提を共有した上で,「手厚いサポートが今回は必ずしも必要ではなく,ポリシーに対応する基本アイディアだけがゲームマスターに足りないだけだ,と言うとき,〈システム選択〉はいかに為されるべきか?」 を問いかけたとき,そこで初めて,『ガンメタル・ブレイズ』と『死に急ぐ奴らのバラード』は,「メカニズム設計」というその一点で相互に評価しうるものとなるのだ。そして,その二つはなかなか良い勝負をするように思うのだが,どうだろう? もちろん,色々なサポートを必要とする初心者GM,あるいはプレイヤーたちが独自に熟読して「TRPGの手続き」を把握した状態でぜひともゲームをやりたい,という場合は,『死にバラ』は『ガンメタル・ブレイズ』にかなう訳が無い(そこには莫大なプロの仕事が投下されている)。しかし,「遊ばれる手続きがルールブックにおいて丁寧に書かれていること」と,「メカニズムの基本的な仕様それ自体」は,〈システム選択〉という作業においては,分けて考えてかまわない。

 それが,TRPGという営みにおいて〈設計〉と〈運用〉とを区別した時に言えることだ。

 この基本的な区分けには一定の批評的効能があると自分は考えているのだけれども,その前提を理解せず別の方向で論駁しようとしても無駄だし,取り上げる気にならないよ。そのことははっきり言っておく(もちろん,この考えそれ自体の不備を指摘した時は,喜んで対応するだろう。もっとも,今までの発言を見る限り,それは望み薄なのだけれども)。

http://d.hatena.ne.jp/gginc/20091008/1254983384
TRPGで「素のシステム」と「遊び方のサポート」の関係が様々に複雑で大切なのは、言うまでもないだろう。
それらの切り分けの一つとして、「設計」と「運用」という概念、には批評的効能はあるだろう。


で、前項の記事を、「設計」と「運用」による「ガンメタル・ブレイズ」と「死にバラ」の批評である、とするなら、その記事は全体で「設計としては似てるね」以外のことは言っていないことになる。
「「メカニズム設計」という一点では、両方とも良い勝負だよ」では、何の批評にもなっていないだろう。


「ガンメタル・ブレイズ」のシチュエーションカードと、「死にバラ」の「ファッキン・チップ」は、表面的には似てるけど、その設計理念は同じなのか? 違うのか? どう違うのか?
「ガンメタル・ブレイズ」が運用を視野に入れているとするのなら、それによって何が変わったのか?


たとえば「死にバラ」は、「死にバラに、ヒーロー・ポイントという卑俗な概念はない」と書いているが、逆に言うと、システム的には、従来のヒーローポイントを代替するものである、という理念が見て取れる。機能としても、行為の成功失敗を調整する機能が入っている。
一方で、「ガンメタル・ブレイズ」のシチュエーションカードは、RPに対してポイントを与え、ポイントがどう使われるかという機能とは分割している。
それらは何故、そうなったのか。
「設計」と「運用」から、どのような結論が導けるのか?


それをするのが批評ではあるまいか。