エクリプス・フェイズ・イントロダクションブック感想

エクリプス・フェイズ・イントロダクションブック発表

ゲームマーケット2011に行ってAGS様の新刊Eclipse Phase Introduction Bookをいただいてきました。
6月12日(日)の第12回文学フリマで『Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese』を発行します!(付記:「幻視社」と「科学魔界」のご紹介): Analog Game Studies


収録されている短篇は、どれも同人誌らしい楽しさに満ちた作品で、大変に興味深いものでした。
小説を批評するというのは難しいものです。
誰かが楽しんで書いたり読んだりしているものに、妙な評価を押し付けるのは、必ずしも生産的でないわけで、どのような立場、意見からどう評価するか等々、考えることはたくさんあります*1


本作の場合は、「『エクリプス・フェイズ』の世界観を楽しみながら理解する」目的もあるということで、主に、エクリプス・フェイズの世界観、設定の面から感想、意見を書かせていただきたいと思います。

民間軍事会社SSS

本書には、4本の短篇が収録されており、その中心人物は、シャロン=孫です。


東洋系女性で、孫子の引用を好む彼女は「人道支援のための」民間軍事会社(PMSC)「SSS(Safety and Security are yourS)」の社長です。
このSSSの裏の顔は、タイタン連邦の特別機動部隊として、タイタン保安局の下で秘密任務を遂行するというものです。
シャロンは、会社の社長であると同時に、タイタン保安局の幹部でもあります。


このタイタン保安局について、岡和田氏の用語集では、以下のように記述があります。

タイタン保安局
タイタンには徴兵制によって編成された軍隊と保安部隊(military and security forces)が存在する。

ルールブックには、タイタン保安局自体の記述はなく、オリジナルの設定と思われます。
上記に該当する部分の記述は、以下です。

訳:タイタン人は、成人すると、良心的兵役忌避者を除き、主に軍事・保安部門の、3年間の公的奉仕を義務付けられます。
Titanians do three years of compulsory civil service
at the age of majority, with an emphasis on military
and security forces except for conscientious objecters.

見てわかるとおり、ここで言うSecurity forceは、治安部隊・軍警察といった意味合いですが、この一文から想像力を広げて「攻殻機動隊」的な謀略機関を作り出すのは、大変同人誌的なノリで好感がもてます*2

ロスト・ジェネレーション

さて若くしてSSSの社長となり、タイタン政府から秘密任務を受領するシャロンの生い立ちは、それに相応しく波乱万丈のものです。


EP世界では、かつて、生まれてすぐに子供をVR空間につなぎ、その中で時間を加速させ、高速教育を行うことで、次世代の人類を創りだそうという計画がありましたが、これは失敗し、ほとんどの被験体が発狂、死亡しました。
ごくわずかな生き残りも、実験の後遺症から、精神障害と超能力を発症しています*3。彼らは、ロスト・ジェネレーションと呼ばれています。


ロスト・ジェネレーションのキャラクターは、ルール的には専用のFaction(Lost)を取得することで作成できます。
Lostを取得した場合、知識にボーナスがつき、超能力を得る他、最低二つの精神疾患を取得する必要があります。


シャロンの場合、「発育中に誘拐され、工作員の訓練を受けて洗脳され、惑星連合のスパイとなって、タイタンの民主主義社会に潜入しました。それなのに色々あって今ではタイタン政府直属の特別捜査官」だそうで、急速成長のため、実年齢は10歳。
ルールを反映して、「躁鬱、PTSDそれにセックス依存症に悩んでいる」という設定もついています。


超能力少女特殊工作員トラウマつきという、大変に、萌え要素が詰まったキャラで、いかにもTRPGのセッションでいそうな感じですね。

FirewallとSSS

本作のSSSは、「ヤヌスの顔を備えた民間軍事会社」であり、シャロンの視点では「太陽系を駆け巡る国際救助隊」という理想の実現の一歩として描かれており、社会正義のために、世界の暗部で戦う部隊となっています。
これはエクリプス・フェイズの公式設定でPCが所属する組織であるFirewallと非常に似た立場にあります。
ではFirewallは、どういう風に描写されているのでしょうか。
まず用語集では以下のようにあります。

■ファイアーウォール
「トランスヒューマン」の救済を掲げて暗躍する秘密結社を指す。「惑星連合」をはじめとする多くの公的機関から危険視されている。

書かれていることは事実としては正しいですが、邪悪そうな印象ですね。


作中でFirewallとSSSは、共犯/ライバル関係にあり、SSSのほうが一枚上として描写されています。
シャロンは「通りすがりの人道支援活動家」として正体を見せずに、Firewallの任務を導き、うまく業績をかすめとって、タイタンから恩を売っています。

ファイアーウォールは人類救済を掲げて暗躍する広域ネットワークだ。彼らならば例えば惑星連合とか木星共和国といった勢力、そう、あたし達のタイタンが属する「自治主義派同盟」を目の仇にしている反技術社会主義圏、昔風に言えば帝国主義の魔窟に浸透できるというわけ。そもそもファイアーウォールとタイタンの仲は悪くない。あとは少々の「友情」を披露して、一枚岩ではない彼らを「善導」すれば……

こうしたSSSとシャロンの有能さ、活躍ぶりは、「攻殻機動隊」で言うなら、公安9課を手玉に取るオリジナル組織といった塩梅ですね。*4
これもTRPGセッションらしい熱気がある展開です。


Firewallについては、以下のまとめもご参照ください。
エクリプス・フェイズ〜人類を災厄から救うのは君だ!〜 - xenothの日記
秘密結社ファイアーウォール〜エクリプスフェイズの向う道〜 - xenothの日記

タイタンとクレジット

さて、SSSはタイタン政府の秘密出資による組織です。
では、タイタンの経済はどうなっているのでしょうか。


EP社会の経済については、前に書いたまとめをご参照ください。
エクリプス・フェイズ〜人類を災厄から救うのは君だ!〜 - xenothの日記
簡単に言うと、技術の進歩で衣食住が完備され物質的な必要が薄れたため、資本主義的なお金、通貨から、信用をベースにした評判経済が発達しており、それらはREPと呼ばれています。


本の用語集には以下のようにありました。

■クレジット
エクリプス・フェイズ世界での金銭は、絶対的基準としての共通貨幣である「クレジット」と、公的業績に応じた相対的権力としての「社会的評価」(REP)の二本立てになっている。
■社会的評価
エクリプス・フェイズ世界での金銭は、絶対的基準としての共通貨幣である「クレジット」と、公的業績に応じた相対的権力としての「社会的評価」(REP)の二本立てになっている。

ちょっと文章の意味がよくわからないのですが、わからないなりに補足すると、REPは、様々な社会における評判であり、社会ごとに違ったREPがあります。二本立てというと誤解を受けるかも知れません。
その中には犯罪社会で顔がきくg-repや、セレブ的な名声を表すf-repなどもあるので、「公的業績」というのも誤解しやすい表現かもしれません。


ちなみに、タイタン世界は「新経済」に属し、旧来のクレジットは使いません。REPのみです。
それに加えて、タイタン・クローネという社会通貨があります。
タイタンの場合、成人すると納税の義務が生じます。これがタイタン・クローネとなります。
タイタン・クローネは、無数のマイクロコープに出資されます。また、申請することで自分でマイクロコープを起業して出資を受けることもできます(ベンチャー企業みたいなもんですな)。
国が会社を出資するあたり社会主義に似ていますが、全体的な統制や計画はなく、面白そうな企画に、どんどん出資するという形になっています。
各マイクロコープは会計や進捗をオープンにする義務があり、その利益も国に還元されますが、マイクロコープを成功させた人はREPによって報われます。
これが「技術社会主義」です。


文中に記述はありませんが、SSSも、そうしたマイクロコープのひとつかもしれませんね。

設定という道具

今回のEP小説では、原作の設定の補完・補強にとどまらず、設定の改変や、敢えて公式より強力な印象を持つキャラクター、組織を登場させたりしています。
プロフェッショナルな二次創作の場合、こうした基本となる設定の否定は忌避される場合が多いですが、TRPGのセッションにおいては、そんな窮屈な決まりごとはありません。


TRPGにおいて設定は、セッションを楽しむための道具です。
セッションを楽しむために、公式設定を曲げたり、公式の強キャラや強い組織を超える、オリジナル設定を作るのは大変に楽しいものですし、私も覚えがあります。


今回のEP小説のそうした設定は、その出自であるTRPG的な二次創作を意識したのかもしれません。


ただ内輪の卓で遊ぶ分にはそれで問題ないのですが、不特定多数と遊ぶ場合、そうした設定の食い違いは大きな問題となることがあります。
今回のEclipse Phase Introduction Bookは、文字通り、EPの紹介をかねていると思われるので、そうした食い違いについて、参考とすべくまとめてみました*5
小説を書く上での、作者の創造に異を唱えるものではありません。


なお、原書には細かくあたったつもりですが、全部のサプリ、記述を完全に読み込んでいるわけではありません。公式に記述されているものを、独自設定と書いている部分がありましたら、どうぞご指摘ください。

*1:そのあたり関係の無い感想としては、「Dog Tale」が一番楽しく読めました。

*2:もちろん、岡和田氏、蔵原氏は、こうしたことを分かった上で設定を読み替えているのでしょう。タイタン政府に諜報部門があることは別に不自然ではありません。

*3:この世界の超能力は、ウイルスに感染することで発症します

*4:もちろんこれは描写の範囲の話ですし、あるいはシャロンの偽装はFirewallに気づかれており、SSSこそが誘導されているのかもしれません。

*5:用語集には「なお、一部には本書に収録された作品の著者が創造した言葉もあります」とありますが、具体的にどれがオリジナルで、どこが食い違うか等は書かれていません。