エクリプス・フェイズあれこれ〜Eclipse Phase as Science Fiction〜

前回、駆け足で『エクリプス・フェイズ』TRPGを紹介させていただきましたが、まだまだ紹介したいことや、書き残したことや、あとで気づいたことなどがありますので、折を見て追記してゆこうと思います。


今回は、SFとして見た場合の『エクリプス・フェイズ』について
前回の記事は以下です。
エクリプス・フェイズ〜人類を災厄から救うのは君だ!〜 - xenothの日記

未来の三つの顔

SFの面白さは…まぁ面白ければ何でもいいんですが、敢えて肩の凝る話をするのなら、現実との関係性があります。
奇妙な未来や突拍子も無い出来事を描きつつも、その中に現在の、現実の問題が反響しており、考えさせられるというわけです。
一方で、その面白さは「現実はこうだ」というのにとどまるものでもない。「こんな現実/未来/観点」だってありうる、というのがSFの醍醐味ですね。


『エクリプス・フェイズ』をSFとして見た場合、魅力的な設定が超てんこもりなのは言うまでもないですが、それらの背骨として現実との絶妙な距離感があります。


そこについて、ちょっとカッコつけて、宇宙の基本的な単位である、距離・時間・質量の3点から分析してみます。

距離と遠近

地球は小さくなっている、と言われます。
もちろん物理的に小さくなっているわけではなく、ネット、通信や、交通、物流のインフラが年々発達することで、体感距離がどんどん小さくなっているわけです*1
地球が小さくなる傾向は、これからも続くでしょう。
しかしそれはいつまで、どこまで続くのでしょうか?
未来永劫に? そんなことはないでしょう。


『エクリプス・フェイズ』は、世界が遠くなった未来です。
地球を捨てて人類が太陽系全体に進出したことで、互いの物理的な距離が大きく空いているのです。
通信はもちろん存在しますが、超えられない光速度の壁があります。その結果、『エクリプス・フェイズ』では無数の小さなコロニーが各地に連立しています。
光速度の壁というのは結構あるもので、太陽系の中でさえ、火星に連絡するのに往復8分〜40分程度かかってしまうのです。はやぶさが苦労するわけです。
何をするにも、それだけの壁があるとすると、結構な疎外感になるでしょう。


『エクリプス・フェイズ』の世界では、無数の超技術を導入しつつも、光速度の壁を残したことで、このように細かいところで「宇宙の広さ」を感じさせる世界観となっています*2
そうした距離があることは、また、外惑星群の無数のコロニーに、中央支配から離れた自由闊達な文化群を与えているわけです*3

質量と経済

人類の暮らしは物流と共にあります。この物流の量が人類文化の様々なものを決めています。


都市が成立するには、様々な生活必需品を輸入する必要があります。
農家だって、農家単独で衣食住が営めるような環境は昔から稀ですし、農業が大規模な工業の一環となった現在では、さらに稀です。


さきほど地球が小さくなった、と言いましたが、その原動力は、この物流の質量といえるでしょう。
膨大な物資を循環させている現代の地球では、よその国に無関心であることは「できない」のです。
ある地域で石油が採れる、ある地域で石油が採れない、という事実は変えられないわけで、大げさにいえば、そうした質量の偏りと、その偏りから生まれる様々な物流こそが、無数の国の交流と興亡を形作った、といえるでしょう。


人間に例えるなら、一人暮らしといっても、食料やライフラインは自分だけじゃまかなえないので、大会社でお金稼がないといけないし、会社に行く以上、上司・部下との人間関係から逃れられないといった塩梅です。


だがしかし、そうした問題が解決されたらどうでしょうか?


『エクリプス・フェイズ』では、ナノマシンアセンブラが実用化されています。これはナノマシンによって分子構造を組み替えることで、原料さえ入れればあらゆるものが出てくる機械です。水とそこいらの泥から、石油作り放題なわけです。


これにより歴史上初めて、様々な小集団が他の集団の影響を全く受けずに、単独で自活することが可能となったのです*4


人間で言うなら、Amazonとニコ動が一体化して「注文」の代わりに「実体化ボタン」が付いたようなものです。
お腹空いたら、料理データ検索して、ボタン押すだけで、おいしいご飯が目の前にある。会社いって上司の顔色伺わなくてもいい。素晴らしい!


なんか、ただのダメ人間語りが混ざりましたが、そのように物流の必要から解き放たれた各小国家は、超大国の影響から離れて、より自由で多様な価値観を追求できるようになったわけです。


前回説明した「新経済」の基盤もここにあります。
誰でも料理データをコピーして、おいしい料理を実体化できるようになったからこそ、新しい料理のデータを持っている人、作れる人が珍重されるわけです。
物質そのものよりも、それに関連するデータやサービスのほうが重視される社会、そして経済なわけですね。

時間と寿命

『エクリプス・フェイズ』では、人類はついに不老不死を手に入れました。
人格のデータ化技術により、老いた体を取り替え、また不慮の事故の時にもバックアップデータから復帰できるようにしました。


これにより人類は無限の時間を手に入れたことになります。
しかし人間は限られた時間があるからこそ、多くのことを達成できます。
不老不死というものを手に入れた時、夏休みの宿題をいつまでも先延ばしする子供のようにならない保証はどこにあるのでしょうか?


加えて『エクリプス・フェイズ』の世界は、危険に満ちています。
平和な暮らしをもたらすナノテクノロジーは、ひとたび暴走すれば、人類それ自体を滅ぼしかねない力を持ちます。
そうした無数の危機が、地雷のように埋まっている点では、現代とかわりありません。


不老不死は手に入れたけど、来月人類が滅ぶかもしれない。
それが『エクリプス・フェイズ』における時間の価値です。

危機への対抗

ではそうした危機にはどう対抗すればよいのでしょうか。
対抗したくても、かりそめの不老不死と物質的繁栄を手に入れた人々は、そうした危機から目をそらしたいでしょう。平和ボケというやつです。
ナノマシンと宇宙開拓によって起きた無数のコロニーの乱立と価値観の多様化は、一方で互いに対する無関心も作り出します。


家にひきこもって暮らせるようになったので、隣の人が何をやってても気にしない。その人が、故意にか、うっかりか爆弾を作っていたとしても爆発するまでは気づかない。気づいた時にはもはや手遅れ……。
というわけです。


だからこそ、Firewallの出番なのです。
特定の国家、共同体に依存せず、様々な構成員を持ち、全員が自発的に協力してゆくことで、多様な価値観を保ったまま、再び人類をつなぎ、危機に対抗する。


ひきこもりのxenothも、ニコ動見てるばっかりじゃなく、ツイッターでもいいから色々な立場の人と交流深めて*5、国内国際情勢にも興味を持って、たまにはオフ会にも出ないと…って、『エクリプス・フェイズ』の未来性について解説していたつもりが、なんか身につまされる話に(笑)


そんな現実との遠さと近さが、『エクリプス・フェイズ』の魅力の一つです。

*1:逆に言うと、主流の物流あるいは通信から取り残された世界の心象が、どんどん遠く、小さくなってる側面もあるわけですが。

*2:より正確には、EPの世界には、正体不明の遺跡であるゲートを使ったワープや、EPRパラドックスを使った超光速通信もあります。しかしこれらは、日常的に安定して使えるものではないため、世界観的に光速度の壁は存在しています。2011/07/11 追記

*3:現代的なSFを追求した果てに、『キャプテン・フューチャー』などの昔のスペオペっぽい、外惑星が西部の荒野、「太陽系無宿」的な光景が広がるわけです。SFはこうでないと!

*4:もちろん、分子変換ができても、元となる素材やレアメタル等はいるでしょうし、根本的な資源や領土の問題が消えてなくなったわけではありません。とはいえ、巨大な変化であるのも間違いありません。

*5:最近ツイッター始めました。 http://twitter.com/xenoth_hatena です。もっぱらこちらの更新報告がメインですが、よろしくお願いします。