フィリップ・セイビンのウォーゲーム授業

歴史学とウォーゲーム

ウォーゲームを製作する歴史学の講義:フィリップ・セイビンの革新的試み: Analog Game Studies
今回の記事は、蔵原氏による、フィリップ・セイビン氏の授業の解説です。
http://www.kcl.ac.uk/schools/sspp/ws/people/academic/professors/sabin/conflictsimulation.html
こちらの授業は、ロンドン・キングス・カレッジにおける、歴史上の紛争を研究する授業ですが、紛争をよりよく理解するために、実際に生徒がウォーゲームを製作するというものです。
自分で再現する紛争を選び、周辺情報を調べ、ルール化し、ゲーム化してテストプレイし、完成させて提出することが、コース修了というわけです。
聞いただけで、わくわくしてきそうな授業ですね。

商業シミュレーションと歴史シミュレーション

 ここで面白いのは、セイビンは「ハリウッド風のド派手な活劇を重んじて正確性を犠牲にする作品」(those where accuracy is sacrificed for Hollywood-style dramatics)を嫌い(*2)、コンピュータを用いない所謂アナログゲームを制作するよう学生を指導している事です。ですから愉しみのためのゲームというよりは、学術研究としての評価に堪えうる一種の論文、としてウォーゲームが制作されている事になります(事実、セイビンのサイトで公開されている一連のゲームのルールブックには参考文献リストが付いていました)。

蔵原氏は、このように書いていますが、少しだけ補足。
セイビン氏は、商業シミュレーションについては、以下のように書いております。


「過去50年において、戦争の追体験を好む人々によって、何千もの、アナログ、コンピューターシミューレションが作成されており、これらは、現存するほぼ全ての戦争・紛争をカバーする勢いである。これら、不相応に無視されている資料は、革新的な研究をする上での重要なリソースとなる。ただし、それには三つの問題をクリアする必要がある」
「一つは、TVや映画と同じく、学問的な検討よりも商業性が優越されるため、精確さや研究、参考資料の提示などについては、作品ごとに玉石混淆である」
「一つは、大衆性のあるジャンルであることにより、一般的なイメージが押しつけられ、学問的な手法、すなわち、ゲーム理論や数学モデル、作戦分析といったものがないがしろにされやすい」
「一つは、図書館などにあまり置いていないため、本や論文、DVDなどに比べて、専門家以外の研究者にとって手に入りずらく、授業などで使いにくい」


このように前置きしつつ、セイビン氏は、手に入りにくさの問題を解決するために、個人的なコレクションである数千のシミュレーションゲーム(!)を貸し出し、自分や学生の研究に使っているそうです。
また、授業、研究用に、自分用にカスタマイズしたシステムを作っており、それは「商業シミュレーションゲームの技術を使いつつ、より単純に、より説明を明確にし、学術研究の分野で使いやすく受け入れやすくした」ものであるそうです。


商業シミュレーションゲームは、無論、ゲームとして遊べて面白いことが重要なので、その中で、歴史的な精確さは、様々な要素の一つとしてバランスが取られます。もちろん、その中にも、ゲームを面白くするための結果として、あるいは製作者の好奇心や良心から、歴史学的にも意味のある作品も多いと聞いています。
自身で数千のゲームを所有する本職の研究者であるセイビン氏がそのように結論づけているというのは、1ゲーマーとして嬉しくなる話です。
最初のほうでも、精確さについては「作品ごとに玉石混淆である(highly variable)」と述べ、石もあるけど、玉もある、と、結論づけています。


アナログゲームのほうですが、セイビン氏の記事によれば、プログラムができない学生でも作れるように、アナログゲームを指導しているとのことでした。授業でやるなら、そりゃその通りですよね。


セイビン氏の指導には、「歴史性を重んじること」と同時に、紛争の本質を理解するために、「より単純なデザインを目指すこと」があり、そういう意味でもアナログゲームと相性がいいのかもしれないと思いました。


ともあれ、素晴らしいサイトを紹介していただいた蔵原氏に感謝します。