失敗しちゃいけない環境とゴールデンルール
ゴールデンルールは失敗を認める
紙魚砂さんの、こちらのエントリのコメント欄から。
http://simizuna.exblog.jp/11227656/
なんかコメントを書いていたらSPAM判定されて書き込めなくなったので、記事として*1。
成功失敗という概念を導入したのは某社だし(たぶん)
「GMが、失敗させない」という概念を導入したのも某社だし(たぶん)
何かがおかしいと思います。
いや、GMが成功させなくちゃならん(失敗させちゃならん)とか
いい加減してくれ、と言いたい
誰だろう、こんなひどいTRPG環境を作ったのは(笑)。
と、このように紙魚砂さんは、FEAR社が「失敗してはいけないTRPG環境」を作り、GMの責任を重くした、と述べている。
某社云々を除いて、GMはどんどん失敗していいよ、というのは私も賛成だ。
3.失敗したらGMが悪いという考え方は
ゴールデンルールやシナリオ作法における
GMの作家性の拡大によって、GMの権限が拡張された反動で
GMの責任も大きくなって
失敗したらGMが悪いという意識に
囚われやすくなっていないだろうか?
そして、ゴールデンルールが、「失敗したらGMが悪いという意識」を作っているとも主張している。
紙魚砂さんのゴールデンルールの分析が以下。
http://simizuna.exblog.jp/3729008
3.“ゴールデンルール”はとても恥ずかしいルールである
(中略)
“ゴールデンルール”なんてものを使わなくちゃならない時というのは「必ず」GM自身にも落ち度があるのである。まずは落ち度がある以上謝るべきだと思う。
(中略)
4.“ゴールデンルール”を使わずに済ませるための対策
いずれにせよ“ゴールデンルール”なんてものは使わない方がいいと思う。使う羽目になったら未熟であると反省して改善すべきであると考える。対処法を以下に列挙。
(中略)
→まあ、場数を踏んでアドリブ能力を上げましょう
→次は失敗しないようルールを調べなおしましょう
→ルールで同じシチュエーションを再現できる別のシステムに乗り換えた方がベターかと
→ルールをよく読んで今回対応出来なかった部分についての知識も増やしましょう
ゴールデンルールによって、GMがルールを改変したりする時は、確かに、予想外の事態に対する場当たり的な対処も含まれる。GMがうまければ、「ゴールデンルール」という形で、いちいち持ち出す必要もないとは言えるかもしれない。
逆に言うなら、「GMも人間だから間違うんだし、別に間違ったっていいじゃん。ゲームをつまらなくしない範囲でどんどん間違ってもいいよ」というのがゴールデンルール、とも言えよう。
それについて、紙魚砂さんは「恥ずかしいルール」と呼び、GMは「謝るべき」で、もっと能力をあげてルールを読み込むべきだという。
それはそれで一理あるが、そのように「ミスはミス」「PLにあやまれ」「ミスしないために、能力を上げろ」というスパルタな姿勢のことを、私は「失敗しちゃいけない環境」と呼ぶ。
“ゴールデンルール”というのは
・PLと話し合ってもまともに議論はまとまらない。ならばルールとして独断で裁定を下して先に進めた方がいい。PLはセッションをプレイしたいのであってルールとかの議論をしに来たわけではないはずだ
という考えに基づいていると考えられる。僕の環境ではよく聞いた主張だ。しかし、僕はそういう考えには昔から大反対で、むしろ、そうやって話し合うことの方がセッションを進めるよりも楽しいし有意義だと思う(やりすぎは良くないが)。時間が圧迫されるなら途中を端折ればいいだけだし、シーン制ならその辺シーンをカットするだけで済むし容易だ。そして、そうやって話し合って出来上がった共通認識空間というのは、非常に濃く熱いクライマックスを作り出すのに最適である。
失敗するたびに「ごめん。今のなし」とか「とりあえずここはこうさせて」とかが許されずに、一個一個のルールミスについて、謝った上に、プレイヤーと話し合うことが求められている環境って、すんげーGMにとって負担だと思うのだ*2。
そういう状況では、「GMが成功させなくちゃならん(失敗させちゃならん)」という意識は強まるだろう。
紙魚砂さんにとっては「ミスについてゲームを止めてじっくり話し合うこと」が、「GMにプレッシャーをかけること」とは別なのかもしれないが、普通のGMはそうは思わないから。